■戦国スポット
>戦国時代関連史跡や観光スポットの紹介をしています。
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【メ モ】別名「高梁城」(タカハシ)。重要文化財。現存する天守閣、12ヶ所のひとつ。前身となる城は仁治元年(1240年)秋葉重信が築城。戦国期には三村元親が城主を務める。毛利氏から織田信長に寝返るが、天正3年、小早川隆景の攻撃により落城。以後毛利氏領となる。
昭和初期に荒廃していた建物群を修復。日本100名城にも選ばれている。
【メ モ】別名「金烏城」または「烏城」。天正元年、宇喜多直家が前身となる石山城に入城。直家の子で一時秀吉の養子にもなった秀家が天正18年から石山城を大改修し岡山城が完成、初代城主を務める。以降、小早川秀秋や池田氏(二家)などが代々城主を務める。
昭和初期には国宝(現在の基準の重文)に指定されながらも第二次世界大戦による戦災で焼失。現在の天守は昭和41年鉄筋コンクリートによる再建。
天守閣は織田信長の居城・安土城を模したとも伝わり、天守台も五角形と他には見られないめずらしい構造。
【メ モ 】 世界遺産&国宝・重要文化財の名城。白鷺城の異名を持つ美しい城。戦国期には黒田氏や羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の居城となり、のち池田氏や酒井氏などが城主を務める。
【メ モ 】 別称「金亀城(こんきじょう)」。主な城主は井伊氏。慶長12(1607)年頃に天守が完成。一時中断を挟み元和8(1622)年頃にほぼ完成。天守、付櫓および多聞櫓、彦根屏風は国宝。太鼓門および続櫓、天秤櫓、西の丸三重櫓および続櫓、二の丸佐和口多聞櫓、馬屋、我宿蓿絵硯箱は重要文化財。
【メ モ 】 建仁元(1201)年、二階堂行政が築城。当初、稲葉山城という名称であったが織田信長が城主になった際、岐阜城に改名。戦国時代には斎藤氏や織田氏らが城主を務める。慶長6(1601)年、徳川家康の命で廃城。岐阜城の天守閣や櫓などは加納城に移された。現在の天守閣は昭和31(1956)年、鉄筋コンクリートで建設された復興天守。
【メ モ】 城主・織田信長。天正7(1579)年完成。天正10(1582)年、本能寺の変後、天主閣は焼失。天正13(1585)年、豊臣秀次が近江八幡城を築城したことに伴い廃城。国指定特別史跡。











